2006年09月01日
プロカメラマンの移住
■沖縄の海にみせられて
沖縄の雑誌を見ているととても綺麗な写真が並んでいて、見ているだけで行って見たくなる。だれしもそんな思いをしたことがあるのではないだろうか。今回お話を伺ったのが沖縄でプロカメラマンとして活躍している川畑さんだ。

京都出身の川畑さんは今沖縄でプロカメラマンを生業としている。移住する以前は年3回沖縄に通い、水中写真等の撮影を行っていた。今でも某有名沖縄雑誌に写真撮影や取材等をおこなったりしている。また以前お仕事をされていた関係で設計や図面の作成、内装など様々な展開も同時に行っているとの事。
■那覇に近い田舎に住みたい。
移住前は関西にで生活をおくっていたが、旅行や仕事で何度も沖縄へ足を運んでいた事もあり、「やはりすむのなら自然がある沖縄で住みたい。」そう川畑さんは考えていた。そして奥さんと共に沖縄移住するという計画をたてた。
まず不動産物件を探すため、3日ほどの格安ツアーで沖縄に入り、その3日間で部屋を見て回った。
「那覇に近い田舎に住みたい。」
そう思いながらの物件探しだった。しかし、いくつかの不動産業者を回ったのだが、川畑さんの条件に見合う物件は少なかった。一度紹介された物件を別の不動産会社から紹介される事も多々あった。
時間の制約もあるが、もうその物件しかないのかと思い、実際に大家さんにあわせてもらった。するとそこでまた問題が勃発。この大家さんは以前本土から来た人に部屋を貸した時にいやな思いをしたらしく、かなり渋っていた。
ここで部屋が借りれないととても困る。
そう、川畑さんはもう来月には引越しの日程を組んでいたのだ。
荷物を送る先として物件の確保が最優先だった。
そこで川畑さんは「一日でもおくれたら追い出して」と大家さんと交渉し、
何とか部屋を借りる事が出来た。
■移住をしてから。。
家が決まったとなるとそこからは早かった。まず必要な荷物を車にぎゅうぎゅうに入れ込み、車ごと沖縄へ荷物を送った。中には自転車なんかも入れ込んでいたという。 そして必要な荷物をまとめ、車に入らないのは契約した部屋に送り、夫婦2人での沖縄移住を開始した。
しかし、すぐにスローライフが始ったわけではなかった。沖縄に来た最初の一年は少しずつ貯金を切り崩していくような生活。なかなか写真だけの仕事は回ってこない。そのうちに以前の仕事でもあった設計図面などの仕事をはじめ、それが徐々に形になり始めて言った。もちろん並行してカメラの仕事も始るようになる。それは海の写真や、食べ物の写真等多岐にわたる。
■農業にも興味がある
いくらか沖縄の生活に慣れ始めてきた頃、もともと自然の中で暮らしたいという事を思っていた川畑さんは趣味で実際に家の近くでとうもろこしやゴーヤーを作ったという。地産地消を含めた農業のあり方ににとても興味を持っていらしゃった。
「なぜ自然に興味があったのですか」と聞いてみると、
そのきっかけは以前からやっていたダイビングだった。
年数回沖縄に来ていた川畑さんは水中写真専門だったこともありダイビング経験は豊富だ。しかし潜れば潜るほど沖縄の海がだんだんと荒れていく様子がわかったのだ。せっかく綺麗なところなのに。。
そして沖縄の景色でも年々綺麗な所は探さないと行けなかった。もともとはどこでもカメラを向ければ綺麗な所だったはずなのに、いまは探さないと綺麗な所は見つからない。移り変わりが顕著に出てきている気がした。
■これからのこと
川畑さんはやさしい口調で、「綺麗な島に気付いて欲しいと、それを大切に、良くしていくことが、今必要なのではないか。」とおっしゃっていた。
自然や人々にカメラを向ける川畑さんはもしかすると人一倍その被写体である沖縄と向き合っているのではないだろうか。でもその目を向けている先にはやさしさがあるような気がした。
これから移住したい人にアドバイスを求めると、
「目的を持ってくると面白い、フラットくるとフラットかえってしまう。」
「ある程度目的があって、沖縄に貢献できる事をやる、沖縄の人と一緒に、参加していくこと、それが大切なのでは、そしてそれがおおきなちからになる」
といっていた。

川畑さんの夢は自分で北部に家を作る事、まだどうなるかわからないが、
自然の中で暮らす事を目標に日々動いているという。
移住して6年、すでに地域に溶け込んで生活している川畑さんは地に足をつけて沖縄の生活を満喫しているようだった。
沖縄の雑誌を見ているととても綺麗な写真が並んでいて、見ているだけで行って見たくなる。だれしもそんな思いをしたことがあるのではないだろうか。今回お話を伺ったのが沖縄でプロカメラマンとして活躍している川畑さんだ。

京都出身の川畑さんは今沖縄でプロカメラマンを生業としている。移住する以前は年3回沖縄に通い、水中写真等の撮影を行っていた。今でも某有名沖縄雑誌に写真撮影や取材等をおこなったりしている。また以前お仕事をされていた関係で設計や図面の作成、内装など様々な展開も同時に行っているとの事。
■那覇に近い田舎に住みたい。 移住前は関西にで生活をおくっていたが、旅行や仕事で何度も沖縄へ足を運んでいた事もあり、「やはりすむのなら自然がある沖縄で住みたい。」そう川畑さんは考えていた。そして奥さんと共に沖縄移住するという計画をたてた。
まず不動産物件を探すため、3日ほどの格安ツアーで沖縄に入り、その3日間で部屋を見て回った。
「那覇に近い田舎に住みたい。」
そう思いながらの物件探しだった。しかし、いくつかの不動産業者を回ったのだが、川畑さんの条件に見合う物件は少なかった。一度紹介された物件を別の不動産会社から紹介される事も多々あった。
時間の制約もあるが、もうその物件しかないのかと思い、実際に大家さんにあわせてもらった。するとそこでまた問題が勃発。この大家さんは以前本土から来た人に部屋を貸した時にいやな思いをしたらしく、かなり渋っていた。
ここで部屋が借りれないととても困る。
そう、川畑さんはもう来月には引越しの日程を組んでいたのだ。
荷物を送る先として物件の確保が最優先だった。
そこで川畑さんは「一日でもおくれたら追い出して」と大家さんと交渉し、
何とか部屋を借りる事が出来た。
■移住をしてから。。
家が決まったとなるとそこからは早かった。まず必要な荷物を車にぎゅうぎゅうに入れ込み、車ごと沖縄へ荷物を送った。中には自転車なんかも入れ込んでいたという。 そして必要な荷物をまとめ、車に入らないのは契約した部屋に送り、夫婦2人での沖縄移住を開始した。
しかし、すぐにスローライフが始ったわけではなかった。沖縄に来た最初の一年は少しずつ貯金を切り崩していくような生活。なかなか写真だけの仕事は回ってこない。そのうちに以前の仕事でもあった設計図面などの仕事をはじめ、それが徐々に形になり始めて言った。もちろん並行してカメラの仕事も始るようになる。それは海の写真や、食べ物の写真等多岐にわたる。
■農業にも興味がある
いくらか沖縄の生活に慣れ始めてきた頃、もともと自然の中で暮らしたいという事を思っていた川畑さんは趣味で実際に家の近くでとうもろこしやゴーヤーを作ったという。地産地消を含めた農業のあり方ににとても興味を持っていらしゃった。

「なぜ自然に興味があったのですか」と聞いてみると、
そのきっかけは以前からやっていたダイビングだった。
年数回沖縄に来ていた川畑さんは水中写真専門だったこともありダイビング経験は豊富だ。しかし潜れば潜るほど沖縄の海がだんだんと荒れていく様子がわかったのだ。せっかく綺麗なところなのに。。
そして沖縄の景色でも年々綺麗な所は探さないと行けなかった。もともとはどこでもカメラを向ければ綺麗な所だったはずなのに、いまは探さないと綺麗な所は見つからない。移り変わりが顕著に出てきている気がした。
■これからのこと
川畑さんはやさしい口調で、「綺麗な島に気付いて欲しいと、それを大切に、良くしていくことが、今必要なのではないか。」とおっしゃっていた。
自然や人々にカメラを向ける川畑さんはもしかすると人一倍その被写体である沖縄と向き合っているのではないだろうか。でもその目を向けている先にはやさしさがあるような気がした。
これから移住したい人にアドバイスを求めると、
「目的を持ってくると面白い、フラットくるとフラットかえってしまう。」
「ある程度目的があって、沖縄に貢献できる事をやる、沖縄の人と一緒に、参加していくこと、それが大切なのでは、そしてそれがおおきなちからになる」
といっていた。

川畑さんの夢は自分で北部に家を作る事、まだどうなるかわからないが、
自然の中で暮らす事を目標に日々動いているという。
移住して6年、すでに地域に溶け込んで生活している川畑さんは地に足をつけて沖縄の生活を満喫しているようだった。
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